「ちょっと理屈っぽくなっちゃったけど、要するに俺が言いたいのはこれ。人生の選択肢なんていくらでもある。ましてや菜乃花ちゃんはまだ18歳。俺たちよりも遥かに多い、たくさんの選択肢があるんだ。
自分が下した決断がうまくいかなかった、そんなことでくよくよしてほしくない。勿論、うまくいくようにベストを尽くすのは大賛成。でも駄目だったとしても、それで菜乃花ちゃんの人生が否定されるなんてこと、絶対にないから。 その上で大切なのは、笑顔でいること。ネガティブな気持ちからは余りいい考えが浮かばない。常に笑顔で、何事にもポジティブになっていくこと。まあ、これが案外難しいんだけどね。でもこれは、俺自身もいつも自分に言い聞かせている」「……」
「だから話を戻すけど、逃げることは恥じゃない。これは覚えておいてほしい。そして、折角自分を守る為に逃げたんだから、逃げる前より笑顔になってほしい。自分の選択が間違ってなかったと証明する為にも、自信を持って楽しく過ごしてほしい。そうしたら必ず、次の展開が見えてくるはずだから」
「直希さんのお話……そんな風に言われたこと、今までなかったから少し戸惑ってます。本当にその……そんな風でもいいんでしょうか」
「菜乃花ちゃんは今、次のステップに進む為の準備をしてるんだよ。生き方の問題だから、時には厳しいことも言わなければいけないこともある。でも今の菜乃花ちゃんは、戦って戦って、ボロボロになっている。今はそういう時じゃないと思う」
「……」
「要はケースバイケースってこと。菜乃花ちゃん、そんなに深く考えなくていいよ。菜乃花ちゃんの人生はまだまだこれからなんだ。何度でもやり直しはきくし、今よりもいい人生を歩むことだってきっと出来る。だから心配しないで、楽しく毎日を過ごしてほしい、そう思うよ」
* * *
「……なるほど。直希くんらしい意見だね」
秋桜を見つめ、生田が微笑んだ。
「学校に戻ると決めた時
その日の夜。 直希の部屋で、スタッフ会議が行われていた。 テーブルを囲んでつぐみ、あおい、菜乃花が座り、直希の言葉を待つ。「ごめんね、いきなり呼び出しちゃって」「いえいえ、直希さんはいつも忙しそうにされてますです。こういう時でないと、私たちもゆっくりお話することが出来ません。どうかお気になさらずに……って、直希さん直希さん、ひょっとして私、また何かしましたですか?」「いやいや、あおいちゃんのことじゃないから。心配しなくていいよ」「そうですか……よかったです」「と言うか、最近はあおいちゃん、ミスなんて全くないと思うけど。ここに来た頃と比べても、すごい成長だよ。あおい荘の業務、ほとんど安心して任せられるようになったんだから」「料理以外は、だけどね」「こらこらつぐみ、そこで茶々を入れないの」「はいはい、ふふっ」「それで……なんだけどね、実はここしばらく、色々と動いていたんだけど」「そう言えばそうでした。直希さん、よく外出されてましたです」「やっぱりその……あおい荘に関係あることだったんですね」「うん。実はね、あおい荘に新しい入居者さんを入れようと思ってるんだ」「新しい」「入居者さん」「うん。みんなに黙って動いてたのは悪いと思ってる。でも今回の入居者さんは、ちょっと今いる入居者さんとは傾向が違うと言うか……だから俺なりに色々調べてたんだ。後、東海林先生にも」「つぐみさんのお父さんに……ですか」「うん。だからまあ、つぐみは知ってるんだけどね」「そうなん……ですか……」 菜乃花がつぐみを見る。つぐみは直希の言葉に小さく息を吐くと、あおいと菜乃花を見て言った。「二人にだけ黙っててごめんな
「毎度―っ、不知火でーす」 あおい荘の玄関先で、明日香の元気な声が響き渡った。「明日香さん、お疲れ様です」 その明日香を、食堂から菜乃花が迎えた。「なのっちもお疲れ」「なのっちー、こんにちはー」「こんにちはー」「みぞれちゃんとしずくちゃんも、こんにちは。お母さんのお手伝い?」「そうー。お手伝いー」「お手伝いー」「偉いね。二人共、もう立派なお姉ちゃんだね」 そう言って二人の頭を撫で、菜乃花が笑った。「今、なのっち一人なのかな」「あ、はい。直希さんはお出かけで、あおいさんは入浴の見守り中。つぐみさんは東海林医院で、もうすぐ帰ってくるかと」「そうなんだ。いやしかし……なのっちが一人でお留守番とは、いやはや成長したもんだよね」「ええ? そうですか?」「以前のなのっちなら、残念だけど一人でお留守番、なんてのは無理だったんじゃないかな。一人でいる間に誰かが来たらどうしよう、そんなことを考えながらビクビクと……なんて絵が浮かんじゃったんだけど」 そう言って意地悪そうに笑う明日香に、菜乃花が恥ずかしそうに頬を膨らませた。「何ですかそれ。明日香さんったら」「あはははっ、ごめんごめん。それよかさ、今一人なんだよね。それじゃあちょっとだけ、お邪魔してもいいかな。久しぶりにお姉さんと、お話ししない?」 明日香の誘いに、菜乃花は嬉しそうにうなずいた。 * * *「こらこらあんたたち、あんまりはしゃがないの」「はーい」「はーい」「全く……聞いちゃいないんだから」「はい、明日香さん。お茶、置いておきますね」「ありがとう。しっかし何だね、アオちゃんたちがいないと本当、ここって静かだよね」「そうですね。私も高齢者専用住宅だってこ
「ちょっと理屈っぽくなっちゃったけど、要するに俺が言いたいのはこれ。人生の選択肢なんていくらでもある。ましてや菜乃花ちゃんはまだ18歳。俺たちよりも遥かに多い、たくさんの選択肢があるんだ。 自分が下した決断がうまくいかなかった、そんなことでくよくよしてほしくない。勿論、うまくいくようにベストを尽くすのは大賛成。でも駄目だったとしても、それで菜乃花ちゃんの人生が否定されるなんてこと、絶対にないから。 その上で大切なのは、笑顔でいること。ネガティブな気持ちからは余りいい考えが浮かばない。常に笑顔で、何事にもポジティブになっていくこと。まあ、これが案外難しいんだけどね。でもこれは、俺自身もいつも自分に言い聞かせている」「……」「だから話を戻すけど、逃げることは恥じゃない。これは覚えておいてほしい。そして、折角自分を守る為に逃げたんだから、逃げる前より笑顔になってほしい。自分の選択が間違ってなかったと証明する為にも、自信を持って楽しく過ごしてほしい。そうしたら必ず、次の展開が見えてくるはずだから」「直希さんのお話……そんな風に言われたこと、今までなかったから少し戸惑ってます。本当にその……そんな風でもいいんでしょうか」「菜乃花ちゃんは今、次のステップに進む為の準備をしてるんだよ。生き方の問題だから、時には厳しいことも言わなければいけないこともある。でも今の菜乃花ちゃんは、戦って戦って、ボロボロになっている。今はそういう時じゃないと思う」「……」「要はケースバイケースってこと。菜乃花ちゃん、そんなに深く考えなくていいよ。菜乃花ちゃんの人生はまだまだこれからなんだ。何度でもやり直しはきくし、今よりもいい人生を歩むことだってきっと出来る。だから心配しないで、楽しく毎日を過ごしてほしい、そう思うよ」 * * *「……なるほど。直希くんらしい意見だね」 秋桜を見つめ、生田が微笑んだ。「学校に戻ると決めた時
「あと……すいません生田さん、もうひとついいでしょうか」「……ああ」「台風の日、私その……直希さんと色々お話しすることが出来たんです。それで……その中で、自分の中でよく消化出来てないことがあるんです。お聞きしてもいいですか」「ああ。うまく答えられればいいが」 * * *「私……これからどうすればいいんでしょうか」 直希の部屋で、菜乃花がそう言ってうなだれた。「……」「私……みんなの視線が耐えられなくて、最終的にその……逃げてしまいました。これからどうしたらいいのか分からなくて、帰ってからずっと考えてました。でも……いくら考えても、悪い方悪い方にばっかり考えてしまって……」「……3つかな。俺が菜乃花ちゃんにお願いしたいことは」「3つ……ですか」「うん。まず1つ目は、ちゃんと食べて、毎日お風呂に入ること。そして2つ目は、一日一回でいいから外に出ること。そして3つ目は」「……」「笑顔でいること」「え……それだけ、なんですか」「うん、それだけ。もっと言って欲しかったかな」「いえ、その……私、学校に戻るべきだとか、実行委員、負けずに頑張れとか、そういうことを言われると思ってたので」「そうだね、そう言う人もいると思う。でも俺は、この3つだけ。まず……1つ目は分かるよね。ちゃんと食べてお風呂に入る」「はい……昨日、明日香さんにも言われました」「食べるって
クラスメイトたちが、直希とあおいのテーブルを囲むように集まり、食べる様を呆然と見ていた。「はい、おかわり下さい」「あ、は、はい。どうぞ、直希さん」「ありがとう、菜乃花ちゃん。しかしここの焼きそば、おいしいね。海で食べた焼きそばを思い出しちゃったよ」「あ、ありがとうございます。それでその……直希さん、大丈夫ですか」「うん、まだ大丈夫かな。この調子なら、あと10人前はいけると思うよ」「そうなん……ですか……直希さん、本当に食べれるんですね」「大先生にはかなわないけどね」 そう言って、直希が笑った。「むぐむぐ……むぐむぐ……お、おかわりお願いしますです!」「は、はい! どうぞ!」「ありがとうございますです……むぐむぐ……むぐむぐ……」 皆が、あおいの食べっぷりに言葉を失っていた。 調理場が間に合わないほどのペースで、あおいが次々と焼きそばを平らげていく。 そしていつの間にか、周りに集まった生徒たちから、二人への声援が生まれていた。「頑張れー」「ははっ、すごいな、このお姉さん」「あんなちっこい体の、どこに入ってるんだ」「俺、見てるだけで腹が膨れてきたぞ」「おまたせしました! これが最後になります!」 そう言って、残り20食分の焼きそばが運ばれてきた。調理を終えた生徒たちも集まり、皆の視線は直希とあおいへと注がれた。 最後の10食になると、どこからともなくカウントダウンが始まった。「10! 9!」「むぐむぐ……むぐむぐ……」「8! 7! 6!」「むぐむぐ…&helli
「いつもすまないね、菜乃花くん」「あ……生田さん、こんにちは」 花壇の手入れをしている菜乃花に、生田が声をかけてきた。「最近まで忙しかったようだが、時間を見つけてはこうして花の手入れもしてくれている。おかげで今年も、綺麗な秋桜を楽しむことが出来た。ありがとう」「そんな……生田さんこそ、いつも声をかけて下さって嬉しいです」「少し……見ていても構わないかね」「あ、はい。勿論です」 雑草を抜き終えた菜乃花が、花壇に水をやる。その姿を見つめながら、生田が目を細めた。「文化祭、無事に終わったようだね」「はい。色々ありましたけど、今までで一番楽しい文化祭だったと思います」「クラスの中では、その……相変わらずなのかな」「いえ、文化祭が終わってから、みんなが話しかけてくれるようになりました。直希さんとあおいさんのおかげです」「特にあおいくんは、大活躍だったみたいだね」「はい。本当に助かりました」 * * * 文化祭。 菜乃花に代わって実行委員になったのは、菜乃花に嫌がらせをしていた中心人物、吉澤玲奈だった。 吉澤は、自分が菜乃花よりも出来るところを見せつけようと、かなり強引に企画を通していった。教師や周りの者たちも、その暴走ぶりに助言をしたのだが、その度に「小山さんのせいで遅れちゃったから。これぐらいのペースでいかないと間に合わないんです」そう言って聞かなかった。それはかつて自分を振った、菜乃花に告白した男子生徒へのアピールでもあった。 最終的に出し物として、「焼きそば喫茶」となることが決定した。 吉澤は、二日間のイベントで多すぎないかと言われたが、自分の企画ならいけると、100食分の材料を発注したのだった。 しかし前日に届いた材料は、1000食分だった。発注の時、一桁打ち間違えてしまったのだ。